育児は受胎以前から始まる

育児は受胎以前から始まり、その毎日は研究生活なのです。受胎を確認したときの感激から、未来への夢・期待・喜び・不安等の入り交じった日々を過ごし、月が満ちたときには、何よりまず五体満足でありますようにと願い、案ずるよりは生むが易しで、めでたくご誕生となりますと、這えば立て、立てば歩めの親心になって、健やかに・賢く・美しく・優しく・たくましくと多くの願いをいだきつつ、現実には確固とした育児のあり方に自信が持てず、暗中模索しながら、1日も早く手がかからぬ段階まで成長して欲しいと願うかたも多い事しょう。そのような立場になって初めて“子をもって知る親の恩”を実感することでもありましょう。

しかし、モンテッソーリ教育によって「全人的に円満な人間形成の基礎作りをわが子に」と志すほどのご両親は、公教育に就学する迄の幼児期が、そのお子様の人生においてもっとも大切であることを認識しておられ、通園に当たっては雨の日も、風の日も、寒い日も、暑い日も、体調の悪い日も、都合の悪い日も、お互いに協力し助け合って、なんとか調整しながら、1日1日を大切に、できるだけお子様が休まないですむようにと努めておられます。人間形成の基礎作りがなされる大切な幼児期の、敏感期を逃さず、吸収する心を満たす良い環境をお子様に提供するためです。

モンテッソーリ教育法の実践に当たっては、園児をマスとして捕らえるのでなく、毎日一人一人の観察記録をしっかりと採り、それまでの発達状況の記録とあわせて、翌日の計画を立て、実行して結果を検討・記録する、いわゆる“plan-do-see”のサイクルをそれぞれのお子様について確実に実行する事が大切です。そして、それは教師全員の適切な援助と鋭い観察力・取りこぼしのない綿密な記録の集成とによって、初めて可能なのであり、そのためには教師自身の絶えざる研鑽・努力とチームワークが要求され、また記録方式の工夫・改善の努力も怠ることは出来ません。そして、実際にその工夫と努力の効果が具体的に現れてくるにつけ、その成果を「お母さま方の協力・相互援助の素晴らしい友情の実り」として、教師一同も共に喜び、感動しながら、モンテッソーリ教育の実践に一層の生きがいを感じつつ精励の日々を過ごしております。事実お母さま方の助け合いついては、これまで数多くの美談が生まれていることをを耳にして、心を打たれるとともに、私たち自身もこの仕事に益々深く生きがいと喜びを感じております。

お子様は妊娠中も環境からの刺激を受け・吸収し・学習していますから、それぞれのご家庭でそれまでに築き上げられた人間形成と発達段階で入園してこられます。従って、お子様を中心にご家庭と園・教師とご両親の相互協力の結果が、日々それぞれのお子様に個性的な形で現れてまいることになります。

三宅廉先生の言葉にもありますように、「育児ほどむずかしいものはない。特に幼児保育の時代は、遣り方次第でいくらでも変わる変容性の時期です。今は母親が自分の子をうまく育てられない時代です。・・・」事実、どんなに賢いお母さまでも最近の出生状況では、家族に縦割りの子供社会を持てる場合は稀ですし、また、核家族化の結果、それぞれの家庭に世代を重ねて伝えられた生活・子育ての知恵の蓄積からも断絶してしまいますから、つい育児書やマスコミ・広告宣伝等に振り回され、最も大切な幼児期に、自然の法則を無視した試行錯誤を繰り返すことにも成りがちでありましょう。

私たちはこの美しい宇宙船地球号に住み60億人にも達した人類に一人として全く同じ人間はいないことを知っております。兄弟はもちろん一卵性双生児でさえも異なる個性を持っている事実に思いを致しますならば、お子様の養育に当たっては、お仕着せの育児ノーハウで済ませられるものではなく、育児というものは、その日々が人間研究の毎日でなければならぬことに気づくでありましょう。