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「暮らしの練習」から見えてくる、子どもの「やりたい」
9月3日発売の月刊『クーヨン』10月号に、梶山モンテッソーリースクールが掲載されました。
今回の特集は、
「お受験・ピアノ・英語より『暮らしの練習』こそ、子どもが育つ最高の教育!」
というテーマ。
梶山の子どもたちの日々の姿も、取材・撮影していただきました。
今回の掲載をきっかけに、私たちが日々の保育の中で大切にしていることを、改めてお伝えしたいと思います。
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「お手伝い」ではなく、「暮らしの中で育つ」ということ
モンテッソーリ教育には、「日常生活の練習」という分野があります。
「日常生活の練習」と聞くと、大人と一緒にする料理や掃除、洗濯など、「お手伝い」を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。
けれど、そこにあるのは、単に「お手伝いができるようになる」ということではありません。
自分で着替える。
靴を履く。
水を注ぐ。
食器を洗う。
植物の世話をする。
ボタンを留める。
道具を使ってものを作る。
などなどそうした、毎日の暮らしにある活動を通して、
自分の身体を使い、自分で考え、自分の力で暮らしていく。
その経験そのものが、子どもの育ちにつながっています。
今回の『クーヨン』では、こうした活動を「暮らしの練習」という、身近な言葉で紹介していただきました。
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「自由」と「放っておく」は、同じではありません
「モンテッソーリ教育は、子どもが自由に活動する教育ですよね?」
そう聞かれることがあります。
確かにモンテッソーリ教育では、子どもが自分で活動を選び、自分の意思で取り組むことを大切にしています。
子どもには、自ら育っていこうとする力があります。
では、
「子どもにはその力があるのだから、好きなように、自由にやらせておけばいいのでは?」
と思われるかもしれません。
この問いには、半分は「はい」で、半分は「いいえ」なのだと思います。
子どもが自分で選び、自分の力を使って活動することは大切です。
けれど、それは何もせずに放っておくこととは違います。
むしろ、子どもが自由に活動できるようにするためには、大人の仕事があります。
日常生活の練習では、「こうするのが正しい」と子どもに教え込むことが目的なのではありません。
大人が日々行っていることを、子どもに紹介する。
水がこぼれたら拭く。使ったものは元の場所に戻す。食器を洗う。植物の世話をする。
つまり、人間がどのように暮らしているのかを、子どもに紹介するのです。
そして、それを子ども自身ができるように、道具を選び、置く場所を考え、手順をわかりやすくし、子どもの身体に合うように環境を整える。
それが大人の役割です。
子どもに「やりなさい」と押しつけるのでもなく、何もせず「自由にどうぞ」と放っておくのでもない。
子どもが自分の力を使えるように、環境を準備する。
必要なときにはやり方を示し、できるようになったら、一歩引いて見守る。
その距離の取り方は、私たち大人にとっても、とても難しいところです。
だからこそ、子どもの姿をよく見ることが大切なのだと思います。
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「できない」のではなく、「何をしようとしているのだろう?」
子どもが、
「自分でやりたい!」
と手を伸ばしたとき。
大人はつい、
「まだ難しいよ」
「時間がかかるから、やってあげる」
「こぼしたら大変だから、やらせないでおこう」
と思ってしまうことがあります。
けれど私たちは、その「やりたい」という気持ちそのものを、子どもの大切な育ちのサインとして見ています。
大切なのは、
「この子は何ができないのだろう?」
と考えることではなく、
「今日は、この子は何をしようとしているのだろう?」
と見ること。
そして、
「何が難しかったのかな?」
「どうしたら、自分でできるかな?」
と考えてみます。
例えば靴が履きにくいのであれば、左右が分かりやすいように置く。
座って履ける場所を用意する。
履きやすい靴を選ぶ。
お茶を注ぎたいのであれば、子どもが扱える大きさの容器にする。
水を少なめに入れておく。
「できないから大人が手伝う」のではなく、
「自分でできるように、環境を整える」
という『視点』です。
環境が整えば、大人が手を出さなくても、子ども自身ができることが少しずつ増えていきます。
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「日常生活の練習」は、全ての学びの土台
3〜6歳のモンテッソーリ教育には、
日常生活の練習・感覚・言語・数・文化
という5つの分野があります。
日常生活の練習は、そのうちの一つです。
けれど私たちは、日常生活の練習には、ほかの分野の学びを支える土台となる部分があると考えています。
水を注ぐ。食器を洗う。植物に水をあげる。縫い物をする。道具を使う。
こうした活動の中で、子どもたちは身体の使い方を身につけ、順番を考え、長い手順を理解し、うまくいかなければ試行錯誤します。
何度も繰り返す中で、
「こうしたらうまくいくかな」
「もう一度やってみよう」
と、自分で考え、工夫するようになります。
集中する力、やり切る意志、向上しようとする気持ち。
そして、
「自分でできた」
という経験が、自信や自尊感情につながっていきます。
その自信が、
「次は、これをやってみたい」
という新しい挑戦を生み出す。
日常生活の練習には、そんな良い循環があります。
梶山モンテッソーリースクールは、東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンターの実習園のひとつです。
実習に来る学生さんたちが、
「梶山の子どもたちは、感覚も数も言語も文化も満遍なく取り組んでいるけれど、日常生活の練習にはじまり、日常生活の練習に終わるくらい、充実した日常のおしごとを自由選択でしているよね」
と話していた、と聞くことがあります。
これは、私たちにとって、とても嬉しい言葉です。
日常生活の練習を通してつくられた身体と心が、言語や数、文化など、ほかの分野の活動にもつながっていくからです。
細かな道具を使うこと。
長い活動に集中すること。
順序を考えること。
最後まで取り組むこと。
うまくいかなければ、もう一度試してみること。
こうした力は、日常生活の中で何度も経験してきたことなのです。
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暮らしの中で、「自分」と「周り」がつながっていく
日常生活の練習には、もう一つ大切なことがあります。
それは、現実の生活のつながりを、子ども自身が経験できることです。
水がこぼれたら、拭く。
床にゴミが散らばれば、掃く。
使ったコップは、洗う。
「こうしたら、こうなる」という因果関係を、毎日の暮らしの中で経験していきます。
そして、自分のことが少しずつできるようになると、次第に周りのことにも目が向くようになります。
誰かが道具を床に落とすと、さっと拾う。
部屋に花を飾ると、気持ちがいい。
みんなが使うおしぼりを作る。
自分の力を、自分のためだけではなく、誰かのために、自分たちの環境のためにも使うようになっていくのです。
「自立する」ということは、何でも一人でできるようになることだけではありません。
自分の力を知り、その力を使って、自分の周りにいる人や環境にも目を向けられるようになる。
そこにも、日常生活の練習の大きな意味があると私たちは考えています。
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子どもの「やりたい」を、そのまま見てみる
子どもは、最初から上手にできるわけではありません。
やってみて、失敗して、考えて、またやってみる。
その繰り返しの中で、自分の身体を使うことを覚え、自分の頭で考え、自分の意志で取り組むようになっていきます。
そして、
「自分でできた」
という小さな経験が積み重なり、
「自分ならできる」
という、自分への信頼につながっていく。
その力が、やがて「誰かの役に立ちたい」という気持ちにもつながっていきます。
だから私たちは、子どもの「やりたい」を大切にしています。
子どもとの毎日は、いつもゆっくりとはいきません。
忙しい朝に「自分でやる」と言われたら、つい手を出したくなることもあります。
いつでも、じっくり待たなければならないわけでもありません。
だからこそ、ほんの少しだけでも、
「今日は、この子は何をしようとしているのかな?」
と立ち止まってみる。
「できない」と見えていた姿が、
「自分でやろうとしている姿」
に見えてくるかもしれません。
そして、
「何が難しいのだろう?」
「環境を少し変えたら、自分でできるかもしれない」
と、大人の見方も変わっていきます。
今回の『クーヨン』10月号では、こうした「暮らしの練習」を、家庭でも取り入れそうな具体的な場面を通して紹介していただきました。
子どもの「やりたい」に、どう向き合うか。
どのように環境を整えるか。
『クーヨン』をきっかけに、子どもとの毎日の暮らしを、少し違った角度から見ていただけたら嬉しく思います。
そしてもし今日、お子さんが何かを「やりたい」と言ったら。
すぐに手や口を出すのではなく、ほんの少しだけ待って、
「何をしようとしているのかな?」
と、子どもの姿を見てみてください。
いつもの子どもの姿が、少し違って見えてくるかもしれません。
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月刊『クーヨン』10月号
2026年9月3日発売
「かんしゃく」にだって理由があります
子どもの「やりたい!」を邪魔していませんか?
特集
「お受験・ピアノ・英語より『暮らしの練習』こそ、子どもが育つ最高の教育!」
梶山モンテッソーリースクールの子どもたちの姿も掲載されています。
ぜひ、手に取ってご覧ください。
https://www.crayonhouse.co.jp/shop/r/r107520/
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