TSURUMI RESEARCH INSTITUTE OF CHILD EDUCATION

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モンテッソーリ教育について

モンテッソーリ教育の本質に関連して

教育において必要なこと

 教育において必要なことは、まず何よりも教育の対象である子どもたちのことを良く知ることです。

出典:マリア・モンテッソーリ「教育人類学」


 大人の殆どが、子どもには自然の法則でみずから成長発達するプログラムと力が備わっていることを知らず、大人の考え方で教育しようとし、結果としてその正常な発達を阻害していることを認識しなければなりません。

科学的な教育の方法

 常に子どもを一個の人格的存在として尊重し、子どもの全人格を、子ども自身の自然な成長のリズムにあわせて発達させること、即ち「準備された環境」のなかにおいて子どもの自己発達の可能性を実現させることは、まさに科学的な教育の方法によってのみ可能であったのです。

 モンテッソーリ教育におけるカリキュラムは、子どものもつ能力を抑制するのでは無く、子どもが自分自身とその環境を支配することを助成するための、具体的または抽象的な諸経験を通して、手及び身体の活動を行なわせるものなのです。
モンテッソーリは、自己教育こそ最も価値あるものであり、終局的にその人自身の自己コントロールを達成するものであると考えていました。

 モンテッソーリ教育法における最もユニークな点は、感覚経験を大いに強調していることであり、ここにその後の学習を実り豊かなものにするモンテッソーリ教育法の偉大なる成功の手がかりがあるのです。

出典:エリザベス・G・へインストック「モンテッソーリ教育のすべて」

幼児に関する社会問題

 幼児に関する社会問題は、植物の栽培に似ています。植物の苗が芽を吹き出したときは、その新鮮さでわたしらを感激させますが、わたしらはこの苗が深く根ざす抜きにくい強い根を持っていることをやがて悟るでしょう。その根がそこで四方八方に遠く伸びて迷宮のように錯綜していることがわかるためには、それを掘ることです。深く掘ることです。それを根こぎにするのなら、土をすっかり取り除く必要があるでしょう。

 根と言ったのは、人間の歴史の中で無意識に作用するものの象徴です。子どもを理解し、子どもの心を直観的に捕らえることを妨げるのは、人間思想に含まれている限りなく多くの頑固な融通の利かない先入見で、まずそれを取り除くことが問題です。

出典:マリア・モンテッソーリ「幼児の秘密」

幼児期の重要性

 そして人間が幼児期をどのように生きたかが、その人間の生涯にとって極めて重要であることは、今日の人間学や心理学が明らかにしているところです。が、まだ一般に子どもを大人によって教えこむ対象として考える傾向が強くあり、子供が接する環境の重要さに対しての認識が浅く、したがって環境を整えることに対する配慮が極めて不十分・不徹底であると申しても過言ではありません。

 人間の家族の中で育てられたライオンのエルザは、いくら教育を施しても、ライオンとしての本性を失わず再び野生に戻ることができたと言いますが、生まれて間もなくオオカミに拾われて育てられた二人の少女は、発見されて人間社会に連れ戻されたが、遂に人間社会に適応できず死亡してしまった事からも、人間と動物には本質的な違いがあることがわかりましょう。

 カントの言葉を借りれば「人間は教育によってはじめて人間となる」「人間は教育されなければならない唯一の被造物」であり、言い替えれば人間だけが無限の創造性を備えており、自分自身の人格を自らの手で創造する権利を与えられているのです。そしてその権利を子どもが正しく行使できるためには、子どもに与えられる環境が適切でなければなりません。

父母たちのなすべきこと

 すべての子どもたちは天才としてこの世に生まれてくる。ところが、1万人のうち9999人迄が、大人たちの手にかかって、束の間に、迂闊にも彼らの天才は事もなげに剥ぎ取られ、歪められてしまう。

 自然は、進化に沿った発達のための、自然特有の懐胎・発芽のリズムを持っている。父母たちのなすべきことは、この自然の懐胎・成長・発達の法則にうまく呼吸を合わせて行く仕事なのだ。

 幸運にも、彼女が生まれ持った天才を損なわず持ちつづけ、それを価値の高いものに磨き上げることのできたマリア・モンテッソーリの直感と独創力は、父母たちの無知による恐怖を静め、生まれてきた子どもの天才を守り育てるという手法を発見させる天の声となった。

出典:バックミンスター・フラー「モンテッソーリをたたえる」


 “地球は青かった”という言葉が宇宙飛行士からもたらされたとき、全世界に感動が走りました。人類が地球を外から眺める事を始めて体験したときに受けた感じでした。この惑星を“宇宙船地球号”と命名したのが、今世紀最高の空間的構造(フラードーム)の発明家で、同時に重要な思想家と呼ばれるフラーでした。

 彼はモンテッソーリが人類を現状よりはるかに高いレベルに向上させうる手法を発見し実行してみせたことをたたえ、同時に地球の命運を憂えて、その全生態系のデーターベースをつくろうとした先覚者でした。

育児は受胎以前から始まる

 育児は受胎以前から始まり、その毎日は研究生活なのです。受胎を確認したときの感激から、未来への夢・期待・喜び・不安等の入り交じった日々を過ごし、月が満ちたときには、何よりまず五体満足でありますようにと願い、案ずるよりは生むが易しで、めでたくご誕生となりますと、這えば立て、立てば歩めの親心になって、健やかに・賢く・美しく・優しく・たくましくと多くの願いをいだきつつ、現実には確固とした育児のあり方に自信が持てず、暗中模索しながら、1日も早く手がかからぬ段階まで成長して欲しいと願うかたも多い事しょう。そのような立場になって初めて“子をもって知る親の恩”を実感することでもありましょう。

 しかし、モンテッソーリ教育によって「全人的に円満な人間形成の基礎作りをわが子に」と志すほどのご両親は、公教育に就学する迄の幼児期が、そのお子様の人生においてもっとも大切であることを認識しておられ、通園に当たっては雨の日も、風の日も、寒い日も、暑い日も、体調の悪い日も、都合の悪い日も、お互いに協力し助け合って、なんとか調整しながら、1日1日を大切に、できるだけお子様が休まないですむようにと努めておられます。人間形成の基礎作りがなされる大切な幼児期の、敏感期を逃さず、吸収する心を満たす良い環境をお子様に提供するためです。

 モンテッソーリ教育法の実践に当たっては、園児をマスとして捕らえるのでなく、毎日一人一人の観察記録をしっかりと採り、それまでの発達状況の記録とあわせて、翌日の計画を立て、実行して結果を検討・記録する、いわゆる“plan-do-see”のサイクルをそれぞれのお子様について確実に実行する事が大切です。そして、それは教師全員の適切な援助と鋭い観察力・取りこぼしのない綿密な記録の集成とによって、初めて可能なのであり、そのためには教師自身の絶えざる研鑽・努力とチームワークが要求され、また記録方式の工夫・改善の努力も怠ることは出来ません。そして、実際にその工夫と努力の効果が具体的に現れてくるにつけ、その成果を「お母さま方の協力・相互援助の素晴らしい友情の実り」として、教師一同も共に喜び、感動しながら、モンテッソーリ教育の実践に一層の生きがいを感じつつ精励の日々を過ごしております。事実お母さま方の助け合いついては、これまで数多くの美談が生まれていることをを耳にして、心を打たれるとともに、私たち自身もこの仕事に益々深く生きがいと喜びを感じております。

 お子様は妊娠中も環境からの刺激を受け・吸収し・学習していますから、それぞれのご家庭でそれまでに築き上げられた人間形成と発達段階で入園してこられます。従って、お子様を中心にご家庭と園・教師とご両親の相互協力の結果が、日々それぞれのお子様に個性的な形で現れてまいることになります。

 三宅廉先生の言葉にもありますように、「育児ほどむずかしいものはない。特に幼児保育の時代は、遣り方次第でいくらでも変わる変容性の時期です。今は母親が自分の子をうまく育てられない時代です。・・・」事実、どんなに賢いお母さまでも最近の出生状況では、家族に縦割りの子供社会を持てる場合は稀ですし、また、核家族化の結果、それぞれの家庭に世代を重ねて伝えられた生活・子育ての知恵の蓄積からも断絶してしまいますから、つい育児書やマスコミ・広告宣伝等に振り回され、最も大切な幼児期に、自然の法則を無視した試行錯誤を繰り返すことにも成りがちでありましょう。

 私たちはこの美しい宇宙船地球号に住み60億人にも達した人類に一人として全く同じ人間はいないことを知っております。兄弟はもちろん一卵性双生児でさえも異なる個性を持っている事実に思いを致しますならば、お子様の養育に当たっては、お仕着せの育児ノーハウで済ませられるものではなく、育児というものは、その日々が人間研究の毎日でなければならぬことに気づくでありましょう。

当スクール設立の主旨

 梶山モンテッソーリスクール(創立1974年)が鶴見幼児教育研究所の付属施設となっておりますのは、第2次大戦で無条件降伏した後、文化国家としての日本再建に当たって、教育のあるべき姿を再考し、モンテッソーリ教育を最良の教育法と判断した鼓常良が、モンテッソーリの主著3部作を完訳し、自らも生活教育法(モンテッソーリ教育実践の秘訣)を著作に加え、すでに1962年京都・桂に幼児教育研究所を設立し、その付属「月見が丘子どもの家」で敗戦後最初のモンテッソーリ教育実践を始めておりましたが、日本モンテッソーリ協会を設立の際初代会長として、この教育の普及に努めたものの、実践の面では期待を満足できるほどの効果が見られず、嘆いておりましたので、私が理想のモンテッソーリ教育実践を試みることにし、義父の一人娘洋子を園長とし、職員は全員研究所員・研究者として日々研究生活の心で、お子様一人一人のそれぞれに適切な援助をするように工夫・実践する事を目指して設立しました。

 生涯教育という言葉はありますが、もっとも敏感に、吸収・体得出来る幼児期の重要性を認識して、本来創造主に与えられているお子様の高い可能性とそれを実現するプログラムの存在を信じて、惜しみなく注ぐお母さま方の愛情と努力は、お子様にとって「自分の幼児期は両親のあふれるばかりの大きな愛情にたっぷりと浸って育った」という幸せな思い出として、心の奥深く無意識層に確かな記憶として残るとともに、「幼い頃から独立した人格を認められ、尊重されて、自分で正しく考え・判断し・実行して、その結果に責任を持ちながら日々新たに成長のステップを踏んで、成長して行く、自主・自立に向かっての充実した幼児期」を過ごすことにより、きっと将来豊かな実を結ぶことでしょう。

 当モンテッソーリスクールの教師は毎日が研究生活であるとの心を忘れず、お子様が自立した人間として、間違いは自己訂正しながら、確かな成長の道を歩むことが出来ますように、スクールと家庭の物的・人的環境を整える努力を積み重ねてまいりたいと願っております。

わたしたちの目的・役割

 地球というこの美しく素晴らしい生命の星に、無限の可能性を持つ人として生まれながら、創造主によって作られた人間の本質、あるべき姿を見失い、倫理・道徳は退廃し、技術文明偏重の経済社会に支配されて、豊かさと幸せを求めながらも、心底から満たされることはなく、ゆとりを失い、ひたすらに忙しく慌ただしく我欲の満足を求めて走り続け、ふと気がついたときは、人類滅亡の危機に直面しているのが、現状ではないでしょうか。

 自主自立の人間形成が確立されていない多くの人々は、不安定な変革期の社会に適応できず、中にはあたら優秀な頭脳に恵まれながら、目下裁判中の被告、破壊的新興宗教の元教祖のように、ハルマゲドンを自ら引き起こそうとする破壊的な計画を立て実行しようとする人間の教えにとらわれ、信者は勿論それ以外の人からもあくどい搾取をする、そのような宗教のとりこになってしまう知的エリートも少なからずあるというのが現実でありましょう。

 現在人類にとって大切なのは、これ以上の環境破壊を防ぎ、出来るならばもっと住みよい環境を創造することを心がけながら、それぞれに何よりも大切な私たちの子どもが、宇宙創造の歴史を受け継ぐものとして、創造主より与えられたそれぞれの天賦の資質を育み、後に続く子孫のためにも、創造主によって作られた人間らしい進化を実現する使命を果たしながら、平和に、健やかに互いに愛しあって、それぞれに人生をまっとう出来るように、できる限りの努力を心がけ、かつ実行することだと思います。

 マリア・モンテッソーリ博士が、女流平和教育学者として1949年にはノーベル平和賞候補に推薦されたように、世界のモンテッソーリ運動の同士・モンテッソーリアンは、世界平和の実現を願いつつ、幼児期の宇宙教育・平和教育を通して、地球人としてのあるべき生き方を認識し・実行できる人間形成の基礎を確立することに力を注いでおり、梶山モンテッソーリスクールも小さいながらその一つです。

 モンテッソーリ教育は一人一人のお子様それぞれの成長に適切な援助をする、手作りの教育ですから、梶山モンテッソーリスクールも、規模の点ではこの辺が一つの限界に来ていると実感しております。この教育実践を志す共鳴者が現れて次々にモンテッソーリ子どもの家が誕生してくれますようにと願っております。

 すでに当スクール卒園生のお母さまから4名の方が東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンターに学び(それぞれ5期・14期・21期・E18期生として)国際資格を取得されました。現在5人目の筒井真理様が学んでおられます。21期の小林ちえ子先生は二人のお子様を当スクールで育てられた経験を生かして4年保育(桃組)を担当して下さり頼もしい存在です。

 モンテッソーリ教育を私たちがライフワークとして取り上げましたのは、神に造られた人間らしい進化を実現する可能性を持つ最良の教育法であると確信したからで、全世界の共鳴者と共に、モンテッソーリ運動の同志として、人類の人間らしい進化のための教育に努め、地球・人類の平和実現を願ってのことです。

モンテッソーリ教育の効果

 これまでの33年に及ぶ実践の経験から、この教育で育たれたお子様は、公教育に進まれてから年を経るほどにその効果がはっきりと現れ、自主・自立、自ら判断し・実行する力を持ち、その個性を発揮しながらも、全体としての人間関係において、調和と協調を失わず、また決して自己否定に落ち込んだりしない、明るい前向きの人生観に育っておられることを拝見し、益々この教育に注力する意義を深く感じております。

 受胎期間とともに大切な誕生から6才までのどの期間を、モンテッソーリ教育でどの程度正しい成長のお手伝いが出来ますか、それぞれのご家庭の事情にもよりますし、ご両親の世界観・社会観・人生観及びその生活のすべてが密接に環境構成の要素として、お子様お一人お一人の中に毎日刷り込まれているという厳粛な事実を忘れてはならないと思います。

 0から3才までの子育てで失敗した部分は3才から6才までのモンテッソーリ教育でその逸脱発育を修正することが充分可能です。1999年12月15日初版で講談社から出版された相良敦子先生の“幼児期には2度チャンスがある”は大変参考になりましょう。

 ご両親の期待に沿うコースを歩むために受験戦争に参加して合格されることも、この世的には祝福すべきことです。しかし、人生どのようなことも主イエス・キリストの福音を信ずるとき、すべてが恵みであり、すべてが益となることを実感しておりますものとしましては、“モンテッソーリ教育の効果は、それぞれのお子様の命そのものとして、受肉したものとして、生涯そのお子様が正しく強く生きる力となって働いてくれるものである。”ことを強調したいと思います。

 モンテッソーリ教育の効果の現れ方は、それぞれに異なります。ご両親に望まれて進学のエスカレーターに乗ることをめざしても、成功する方ばかりとは限りませんが、たとえその望みが叶えられず一時は落胆されても、そのお子様の天分。天賦・成長発達のリズムを信頼して、できる限りの援助をしてさし上げますならば、きっと喜びの日を迎えられることと、私たちはこれまでの実績から確信しております。

小学校の受験に関して

 私どもは、受験をお薦めも、否定も致しません。それぞれの親権を尊重し、ご要望に沿ってお役に立てる範囲のお手伝いは致したいと心がけております。しかし、進学指導や受験指導の知識も余力もありませんので、ご期待なさらぬようお願いいたします。

 人間としての根源的な“正しく強く生きぬく力”本来神から既にに与えられている、素晴らしくかつ個性的な可能性を現実のものとすること、一人一人その人に与えられた個性を活かしつつ、自らを育てることができるように“その力”をめざめさせることが最も大切な基本と考えております。“その力”に目覚めていただくことが出来さえすれば、後はお子様に天から与えられているそのプログラムを妨げぬように、お子様を信頼して見守ってさしあげるよう心がけることが大切なのだと思います。

 神の与えたもうた可能性のレベルは、極めて高いものでありますから、モンテッソーリスクールに通っておられるお子様方は、知能的にも・日常生活的にも高い評価が得られることでありましょう。しかし教育改革の重要性が叫ばれながら未だに模索段階にある現在の日本の教育体制の中での、受験競争むきではないかもしれませんし、また、受験に成功することが生涯の幸せを保証するものでもありませんから、私たちはモンテッソーリ教育の成果として、何よりもまずお子様お一人お一人が、それぞれに自らを育て、自分らしく生きることの出来る力、即ち生涯失うことのない宝を「受肉」して、地球を愛し、自然を愛し、人を愛する豊かな感受性を身につけて卒園して頂けることを願いつつ、創立以来当スクールに学ばれた方々が親子共々成長の喜びを実感して下さる事実の積み重ねに励まされて、私共は喜び・感謝の日々を過ごしております。